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2008年12月

基本的人権と日本

日本国憲法で最も重視されるものの一つが「基本的人権の尊重」である。しかし、世界から称賛されるその憲法も、実行が伴っていなければ、それほどひどいものはない。実行できないのであれば、はじめからそんな憲法は存在していないのと同義。憲法は目標ではなく「法律の法律」であるというのに存在さえ塵同然に無視され、「ア」とも「ウン」とも「スン」とも言わせず、排気ガスの如く腐敗した法が次々と自動的に生成され、増強された軍隊は初めから組織されていて、市民は「行動の自由」どころか「弁論の自由」さえ奪われ、しかし他人が監禁されようが殺されようが、或いは己が他者を奴隷以下と見なそうが、それは毎日の決まり事同然といつしかなり、「明日は我が身」という言葉さえ忘れ、ただ欲する処は給料という金であり、あとは自分の死が到来するまで、同じ挙動の繰り返しと他者廃絶と言う醜い目標である。それは言うまでもなく、許されざる行為だと口惜しいほど心に反芻するのだが、「倫理・道徳」とは程遠い現在日本において、いつしか伝染病の如く「暗黙の了解」というものが、生まれると同時に植え付けられていたかのようである。しかし、それは神の行いではなく、複数の人々の邪心の浸漬の結果による「業(カルマ)」であるところが、ますます現代人の陰湿な醜さを表面化している。

今の日本という国ほど、人が人間であるという至極当然な事象が無視された政治・教育・医療・報道制度は他にはなく、まるで生きる事それ全て罪であると云わんばかりである。憲法よりも「法律に反した法律」に従う事が無意識的に優先される実態である。

そして、自分も一動物である事を忘れたかの如く、動物愛護とは無縁で、それだから人に対する慈悲も端からない。

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