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形式知と暗黙知

知識と一言で言っても、幾らかに分類がされ得る。

形式知は、言葉を別の言葉で置き換えた様な知識。

では、暗黙知は、言葉だけでは表現が困難な様な知識。

例えば、人体の組織はある程度までは形式知で表現可能だろうが、完全には言葉だけでは再現できない。そこでイメージであったり、感覚的なものであったりといった情報も伝える必要があり、時としてそこには経験により得られる暗黙の了解というものも存在する。

文系、理系に関わらず、この暗黙知があるとないとでは、話の『理解』において、深みや本質というものが、全然異なってくるはずだ。特に、理系的思考においても、言葉で再現が困難なものは多い。例えば、「カメラ」というたった一言で、デザイン・機能に限らず、仕組みというものを『どこまで』想起できるかによって、成果、その人と成りが、全く異なってくる。

年配の人の何気ない会話に重みを感じる事が多いのも、こういうところから来ているのだろう。

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