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世界観

この世界観は色々とある。解釈の仕方は、様々だ。

最近、「自分の事しか考えていない」とか、「人の事を考えていない」と独り言をぶつぶつ呟く人間が増えてきた。この様な「仄めかし」行為は、みっともない。結局この様な人は、相手に「助けて」と叫んでいるに過ぎない。実際私も、無意識的にそうなのかもしれない。

テレパシー能力は、『使いこなせない』のである。

心身統一できていないには、何か深い理由がある。

デマが飛び交うにも、訳がある。《デマの原因の一つは、ハッキング行為である。》

それが人生を狂わせる。

偶発的に「防げないどうしようもない被害」も存在するが、明らかに悪意のこもった行為も実際に存在する。その様な行為が消滅すれば、もう少し世界はましになる。

すなわち、この能力はなかなか危険なのかも知れないが、訓練によってある程度はどうにかなる。

しかし、それが全て自然現象かと言うと、それは半分正解で半分違う。人間は複雑になりすぎた。高度文明が存在して滅びたとするならば、ネットワークが複雑化しすぎたのが、原因かもしれない。ある時代、超能力は存在し、しかし超能力の複雑化は科学へと変化させた。科学技術の存在は、元来、強力すぎた超能力の消滅と、自然との融合が目的だったのか知れないが、真偽はわからない。しかし、それはかなり昔から続いている事。これこそ『災害』だ。

周辺の人間は、相手の為に自分ができる事がある時、できる限りの事はするだろう。しかし、助けられる時もあれば、助けられない時、どうにもならない事がある。例えば、災害が起きた時、『どうにも防げない』災害がある。

『どうにもならない問題』がある時、人はどうにかしようとするが、即問題は解決されない。問題を全てどうにか解決しようと躍起になっても、答えがすぐ見つかるとは限らない。人は、どうにかしようと、探し求めつづけるが、すぐには見つからない。

もし国の問題が全て解決済みであれば、国会は閉幕しているだろう。

閉幕しないには、続く宿命である。それは人生を終わらせたくとも、簡単には終わらせられないのと同様である。

神仏社会、闇社会、表社会、裏社会、地下社会、或いは、宇宙人、地球人、半宇宙・地球人、自国の人間、他国の人間、様々な人間が入り混じっている。宇宙人は存在するのか解らない。

もし、白と黒の世界が存在し、双方の間で戦争が起こったとき、双方は和解に努めるが、終結は簡単ではない。また、戦争の『きっかけ』は、全くもって偶然的なこと、運命的な事である事がある。

サトリ(人の考えを読む人間)、サトラレ(人の考えを読まれる人間)、サトリでありサトラレである人間が存在する。また、テレパシー及び、思考盗聴器、盗撮器などが存在する。サトリにとって、サトラレは、思考の邪魔をされている訳だから、存在がうっとうしいと考えるだろう。サトラレはサトラレで、自分の考えを読まれるというのは、自分のものを盗まれるようで、結局迷惑な存在に変わらない。サトリは、サトラレの考えが思考の妨害になる場合、「フィルタ」をかければいいが、それができない場合、薬に依存する。サトラレはサトラレで、自分の考えが読まれるのを防ぐ為に、やはり薬に依存する事がある。しかし、『どんなに対策をうって出ても、自分の力ではどうにもならない』事がある。

しかし、サトリにとってサトラレは化け物で、また、サトラレにとってサトリは化け物である事に変わりないのかもしれないが、両者の立場は簡単には入れ替えたり、一致させたりする事ができない。ところが、全て人は、サトリであり、サトラレである可能性が高い。その事について、時代は何百年以上も前から、変化を繰り返してきた。

おそらく、全て人には、『覚醒』のチャンスはあるのだが、それは非常に厄介なのである。

しかし、自分の立場がもし孤立しているならば、それこそ『不利』である。

もし、闇社会が存在し、全てを終結させようとするならば、その存在が誕生した原因は、『怨念』そのものかも知れない。『怨念』は人に乗り移り、その怨念を取り除くのは、単純な作業ではない。

私は今、『思考伝播』について調べている。なぜならば、それが原因で、『全体的な話』が「ややこしくなっている」からだ。実際問題、私も、人の考えが無意識的に吹き込まれ、自分の言動に影響する事がしばしばあるからだ。しかしどんなに調べ続けたとしても、答えが見つかるとは限らない。誰しも、何とか全ての問題を解決しようと躍起になっているが、そう簡単には成らないものだ。

そして、秘密結社についても、ある程度の事は、やむを得ず知る必要があったから調べたのである。しかし私は、その実態を結局のところ何も知らない。

なぜ、思考伝播について『調べざる負えなくなった』のかというと、その原因、『鍵』が『選択できる』のは、たった一つであり、その鍵を使って扉を開き、次の世界に入り込んだとしても、結局まだ、自分も含め、誰一人として最終ステージに辿り着けないからである。

また、『鍵』は無数にあり、どれが正解なのか、判断がつかない。

歴史は長く、深い。どこまでが仕組まれているのかは解らない。この『仕組み』はもしかしたら、一人一人『何か』が違うのかも知れない。変えられる運命と変えられない運命がある。しかし、自然に、成り行きに任せれば、不幸と幸運のバランスは保たれ、でもしかし、何もかも全て行くとは限らない。

この世に天使と悪魔が存在すると仮定する。しかし、彼ら二人はもしかしたら同一人物なのかもしれない。すなわち、そうしないと『均衡』が保てない。結局のところ、幸せすぎても、不幸すぎても、よくなく、自然は中間を常にとっているのではないか。

現在、膨大な書物、インターネットの普及で情報量は膨大で、何から取り組めばよいか解らない。しかし、科学の真実というは、本当にその瞬間、瞬間で変わるようである。

様々な意見がある。実際問題、何を信じてよいのかわからない。どんなに信念があっても、時として不慮の事故、というよりも運命が、迷いとなり、どうにも身動きがとれなくなる事がある。それが宿命なのかも知れない。

これまでは、働く事が『常識』であった。今でもそれは同じである。ところが『非常識』にならざる終えない時がある。全ての元凶の一つは、『呪い』とでも言おうか。人はどうにかこの呪いを解こうとしているが、容易ではないらしい。それが人生の皮肉である。

長期的な歴史は、『企み』もあったのかもしれないが、そのたくらみは、個人が引き起こしたものではなく、集合意識が生み出したものであるはずだ。もし、個人に絶対的な権力が存在するというのであれば、それはおそらく幻想で、でも間違ってそれが真であるならば、起源は一つであったということであるが、実際には、起源は複数存在し、そしてさらに分割されたと考えられる。

………。

答えは簡単には見つからない。『TRICK』は複雑すぎるというか、その難題に挑戦する事は、かなりの危険を伴っている。だから、人は、行動に出たくとも、簡単にはいかない。どうしても、そうせざる負えない状況に追い込まれる時がある。『不運』としかいいようがない。

《三歩進んで二歩下がる。》

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